vol.7 ムーミンとルパン、作画へのこだわり
大塚 ルパンの時もね、次元が傍受しているときに、ルパンがね、こうやって座っているポーズかいてあったのね。
おおすみ いまだに講義に使っています。とにかくリラックスしたポーズ。そういうことをかなり徹底して追及した後で、ムーミンをやったから、自分たちとしては、新しいことにチャレンジしていったわりに、あんまり苦しまなく、ルパンより楽しめたかなと。リラックスしているが、手持ちで勝負せず、新しいことをやっている、非常にいい経験でしたね。
大塚 リラックスしてましたね。ムーミンでもおおすみさんとの打ち合わせって、言葉いっぱい使うんですよ。僕はちょちょっと直しながらね、やり取りして、その後は来たり来なかったりなんですよね。
‐‐‐‐打ち合わせの時は集中して、後の現場で描かれているときには来ない?
大塚 その前に、絵コンテの打ち合わせをしているでしょ。ものすごく集中して。『あとは、任せたよ!』っていうのはありがたい。
おおすみ 脂汗ながしたのは、脚本家との打ち合わせです。全26話中の20話のほとんどのストーリーを作りました。シナリオをそのまま使ったのは、雪室俊一さんの1本だけでした。あとは録音監督の田代さんとつるんで、アフレコ役者いじりや音作りのテストに打ち込んでいました。ま、弁解がましいですが、その割には作画現場にはよく顔を出しましたよ(笑)。
大塚 おおすみさんには、これはこうだと説明したら、わかってくれる。東映の演出家といろいろ出会いましたけど、おおすみさんは、『大塚さんこうお願い』って全シーン任せるの。ありがたかった。コンテのようなのいっぱい描いてね。いいな~変える必要ないね、とかね。
おおすみ 確かに、打ち合わせまでは真剣にやったけど、打ち合わせの後は開放されて。現場に顔出すのは、邪魔しに行くという感じでしたね。舌なめずりで乗り込んでいくというか。(笑)
大塚 おおすみさんはプロデューサに近い。
おおすみ 演出はやってみせちゃダメなんですよ。役者相手でも新人になら、こうやってとやって見せることはあっても、ベテランの役者さんに、こうやるんだよっていうと、モチベーションが下がる。アニメでも描いてみせる演出家はいますけど。、僕はとにかく『何を』は云っても『如何に』は云わない。そのためのプロが相手ですから。
大塚 ルパンではね、もうちょっとつっぱなしてね、馬鹿みたいにやってください、みたいなポーンと離した感じでしたね。いろんなことを、理屈抜きみたいな演出をやってくれた。
‐‐‐‐『馬鹿みたいなことをやってください』と言った後は、大塚さんの自由に?
大塚 自由です。
おおすみ 何回も打ち合わせで方向性は話しているからね。大塚さんもね、弁も手も立つから、あいまいなことを云うと、見逃してくれない(笑)。何をやるかがお互い見えてたから、後は現場に遊びにいって、あれダメ?、じゃこれは?っていうぐらいですんだ。
大塚 ルパンでお互い理解しあってたのがアンニュイな世界ですね。
おおすみ アンニュイは言葉で、絵ではないですね。大塚さんじゃなかったら違う提案をしていたと思うな。長浜さんは巨人の星で、日本人独特の、耐えに耐えることでテンションを高め、バーっと爆発させるっていうのをやってたの。でも僕は、ルパンではこれと同じ方法は使えないと。止めておいてバッとアクションを起こすのは同じだとしても、執念や怨念を溜めて爆発へ持っていく、という世界ではない。むしろアクション直前までは、だらんと抜けるだけ抜いたダルな気分でいて、突然、パッとと行動に移すのが、プロフェッショナルな動きになるんじゃないか。そう思っていたら、大塚さんは本当にそういう絵を描いてきた。
大塚 実はあれ、東映で「風のフジ丸」(注:4)のとき実験していたんです。楠部さんのロボットみたいに硬直した立ち姿を一方の足重心をかけ、反対の肩を少し落として余裕のある姿勢を到るところに持ち込んだのですが、回りからはあまり理解されませんでした。今の若い人は、力抜いた絵、リラックスした絵、たとえば、3人んがテーブルを囲んで、椅子に座っていて、3人とも違う雰囲気が描けないんですよ。アンサンブルができない。新入社員みたいにコチコチになって並んでいる絵しか描けない。アンサンブルが描けないっていうのは、人間の構図が描けないってことで、全体として貧しくなっています。
おおすみ モンキーさんの絵でも、ルパンがただ立ってる絵なんだけど、片手をポケットに突っ込んで、もう片方の手を柱に置いて、力抜いた形でね。そういうキザっぽさは、歌舞伎以来の日本的メリハリの緊張型ポーズとはちょっと違う。
ルパンと次元が無線で最初に会話するシーンは、その代表として今だに講義に使っています。
大塚 あれは衝撃的だったみたいですよ。若い人に。ああいうことがなぜ真似できないのか。
おおすみ それなりには引き継がれてはいますよ。
‐‐‐‐記憶に焼き付いてますものね
大塚 引き継がれているのは、銀ぎつねの時計(ルパン三世TV第1シリーズ第10話 ニセ札つくりを狙え!)の最後に長い殴り合いがある。あれ宮さん、『紅の豚』のラストで使っているよね。
おおすみ あれ、その前があったでしょう。僕はジョンフォードの『静かなる男』をモデルにして。ムーミンとスノークが殴り合いを始め、日が暮れても延々と続けていて、周りがワーッとなっているあのばかばかしさを、殴りあいながら、身構えないことで強調したんです。
大塚 実はルパンも、影響をあたえているんですよ。おおすみさんはまじめな人だけど、不まじめな人への理解があるよね(笑)。宮崎さんはとことんまじめな人だからね。ああいう不まじめさを学びとっているんですよね。彼もルパンでは学んだと云ってる・・公式には言ってないけどね。
面白いんですよ、ルパンは。当時、やらざるを得ない状況でね。ペンネームでやって、バレてからもあまり語らないですね。宮崎、高畑はルパンを手伝ったってことを自分の経歴の中に入れていないね。おおすみさんが残したストーリーを終わるまで見てますから。それを組み替える作業をやっただけ。という認識があるでしょう。
おおすみ 大塚さんがやるのに断る理由はないでしよ。宮崎、高畑さんは、ただそこにいたから頼まれただけかも知れないけれど、大塚さんがやるかやらないかは、ルパンが同じ番組になるかならないかの重要ポイントですから。
大塚 あの時は僕しかいないですよ。ルパンを守れるのは。柴山も小林もほかの作品やってて戻ってこれないしね。
おおすみ しばらくは、大塚さん何で引き受けたんだろうって思っていましたよ。10年ぐらいルパンには触れたくなくて、インタビューも受け付けなかったんですよ。でも、あれから少しは大人になったようで(笑)、大変迷惑をかけたなと、今は素直に感謝してますね。高畑、宮崎さんにも。
注:4 少年忍者風のフジ丸(wikipedia)
大塚康生さん 略歴
1931年島根県生まれ
東映動画アニメーター第一期生。日本におけるアニメの創生期から第一線で活躍。
宮崎駿さん、高畑勲さんの先生であり、まさに日本の近代アニメーションにおける礎。アニメーターの父と云うべき人物。
元麻薬Gメンという異色の経歴を持ち、軍用車両に造詣が深く、ジープマニアとしても有名。
現在は一線を離れ、スタジオジブリや東映アニメーション研究所などで後進の指導にあたっている。
日本アニメーター・演出協会 (JAniCA) 会員。
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